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Lunaria

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私は正しくないけれど。

2020年が終わります。
一昨年・去年に続いて今年も色々あったな。

自業自得ともいえる散々な目にあった結果、
自分の人生と人間としての生き方と真っ向から向き合うことになったので、
ちょっと自分語りします。
ウザいし闇すぎるので見なくていいよ!
本気で闇オブ闇です!!


ということで、良いお年を。と言いおいて。
追記で語ります。






私は実に30年間、実家にて地獄を生きていました。


『お前は間違っている』と言われ続けたに等しい待遇。
私が何をしても何を思っても何を言っても
頭から否定され、禁止され、取り上げられて、奪われて。
学校へいっても『お前嫌い』と周囲から遠ざけられる始末で、
私の生きる場所なんてどこにもなかった。
死のうとしても死にきれず、結果、私は創作の世界へ救いを求めた。
かねてより二次から派生した一次創作はしていたのです。
たぶん生存本能だな。

そこには楽園があった。
何にでもなれた。無限の不幸もあったけど、無限の幸せもあった。
それは私の生きる理由になり、呼吸になった。
一次創作と二次創作を交えながら中高時代を生きて、
その後は一次創作に生きた。
私はその世界でこそ生きられた。
現実世界の私は生きてなどいなかったから。
どこへいっても否定されて、お前などいらないと言われて。
唯一、貢献出来たのが郵便局だったな。
長い目で見てくれて、根気よく教えてくれたから。
郵便局の窓口職員エキスパートとして働いていたあの6年間は私の宝物です。

そんな心の支えになっている仕事を私の母は蹴り飛ばした。
将来がないと。この仕事が私の心の支えなのに。
母は無碍にひびを入れて、その時私は初めて声が出なくなりました。
今でも許していません。
そもそも、自分たちが子どもをひとりで生きられない幼児に育てておきながら。
なんでも率先してやってしまうことで、自我と自立を奪っておきながら。
『自立出来なければ追い出す』なんて傍若無人なリミットを課したのか。
正直リミットが来たら死ぬしかないなと覚悟していたのですが、
幸いにも私は今の旦那に恋して全部を賭けて、見事生きる道を勝ち取りました。

今でも私はひとりで生きられません。
優しく懐の深い旦那と、社会制度の慈悲で、
ようやく自由を手に入れた人間失格者です。
私に出来ることは創作だけ。なんで今でも生きてるんでしょうね私。
創作が呼吸で大好きで愛してるからですが。

実家を離れてからも
『お前がおかしい、間違っている』の連続で。
大好きだと思ったひとたちにどれだけ自分の精一杯で尽くしても
結局は『お前なんていらない、嫌いだ』と切り捨てられてきました。
私がまともな環境で育たず、常識を知らずに育ってしまったから。
親をどれだけ恨んだことでしょうか。
『生まなければ良かったじゃない』と叫んだ言葉を肯定された結果、
存在そのものを全否定されて、それでも死ねない私は
自分で自分を肯定するしかなかった。
誰ひとり、私を肯定してくれなかったから。
自分だけは自分を肯定しなければ生きられなかったから。

……結果、他人に対して自分の勝手な正義を振りかざす、
最も憎み愛する母と同じことをしていて、
気づいたときには絶望したものです。
母もまた、親から虐待されて育った子でした。
虐待は輪廻する。
だから私は決して子どもを産みません。
負の連鎖は私で断ち切らなければならない。


私は正しくない。きっと間違ったことを続けている。
それでも生きているし……私の創り出したものを好きだと言ってくれるひとが、
どの界隈へ行っても最低数人はいてくれる。
時にはそれ以上の人数で。
その中から、ずっと続く友人でいてくれるひともいる。
私を肯定してくれるひとが、いる。


だから私は生きる。私は創作する。
生きているかぎり。私が私であるかぎり。
私の作品を好きだといってくれるひとが、ひとりでもいるかぎり。


こんな私の半生は結構なネタだと思うので、
なんとかまとめて出力したいところです。
その際には名義が変わりますし、こちらでお知らせするつもりもありませんが。
まとめるのにも時間がかかりますしね。

同じような境遇のひとに、
『こんな地獄を生きてもあがいた結果、どうにか救われることもあるんだよ』
というのを伝えたい。
……いつも救われるとは限らないと思いますけど。
でも、自ら幸せを投げ捨てない限りは、抜け出す機会はどこかにある……
と、私は信じたい。
自分で自分の幸せを投げ捨てて、周囲を軽蔑することで
自分を守ろうとするようなひとは本気で駄目だと思いますが。
周りを尊敬出来ない、そして自分も愛せない。
自分を愛するのはとても難しいことですけど(私も自分が世界一嫌いでした)
まずはそこを踏み越えないと何も得られない。と思います。

自分が自分を認めてあげないと、誰も認めてくれない。
誰も認めてくれなくても自分が認めていれば、
誰かひとりでも認めてくれるひとがいる。
……そういうものだと思うんです。

そしてそのひとりを大事にすることで道も開ける。はず。
人間生きている限り、誰かと関わらずに生きるのは無理です。
まずは自分の、ちょっとでもいいから、好きかも、と思えるところを見つけて。
それから、周りのひとのいいところを探して。
きっとそこから。ひとを愛するって大事。自分自身も周りのひとも。
それさえあればなんとかなると思う。
逆にそれがなければ……なんで生きているの?


語りましたが、これが飾らぬ私自身です。
好きなものを好きという勇気。
好きなものがなければ、好きなものを創る勇気。
生きているなら何かは好きなはず。
そこからでいい。そう思います。
好きな食べ物でも好きな作品でも好きなキャラでもいい。
なんでもいい。好きという気持ちから始めよう。
嫌いはとりあえず置いておこう。

好きなものを好き、と言ってるひとは、とりあえず表立っては嫌われない。
それを他人に押し付けなければ、ですけど。
私は新説キューブでそれを全開で発信しましたが、DLは自由なので、
別に押し付けてはいない。
初手の対応を間違えて喧嘩を売ってしまいましたが、
その後は出来る限りの対応もしたつもりです。
そこからの行動は完全に独断ですが、それを止める動きもなかった。
止めなければ私は進みます。申し訳ないけど。
声をあげないなら知らない。
連絡しているのに返さず、何も言わずに察してくれというのは赤ん坊の主張だと思う。
キツい物言いは承知ですが。
誰もあなたではないのだから、誰もわからない。


声をあげなければ虐げられるだけです。
声をあげても伝わらないことだって多い。
私はそうだった。
どれだけつらい、やめて、苦しい、と訴えても、母が私の声を聞くことはなかった。
そして他へいく力も奪った上で、出ていけと強要した。
それはつまり、死ね、と同意だったのに。
何故それを母は理解しなかったのか。本気で馬鹿ですね。
しかもいつか言われた記憶では、それで死んでも知らない、みたいに言われたような。
あのひとは私を殺したいほど憎んでいたのだろうか。
…………実家を離れてからはいっそウザいカンジの愛情を示してきてますけど。
無意識の罪悪感? 本気でいらない。生涯怨みます。


私は正しくないけれど、間違っていると糾弾される覚えもない。
だってその行動には根拠があるから。
あらかじめ許可をとろうとしてたり、
このひとはこうじゃないかという配慮で動いていたり。
まぁそれが的外れだから、お前は間違ってると言われるんでしょうが。
ごめん。わからない。私は私の精一杯で考えて行動してるから。
それで間違ったときは学習するようにしてるけど。

そしてそんな間違っているはずの私の作品を
好きだと言ってくれるひとも確かにいるんですよね。


正義も悪もどこにもない。
あえてそれを取り上げるのも楽しいけど。


取り留めがなくなりました。
まぁ、ネタとしてどうぞ。笑い飛ばしてどうぞ。
私はいつでも正しくない。間違っているかもしれない。
でもそれが私だから。
死ぬことも出来ないでいる害悪だから。

それでもね。そんな私の作品でも。
そんな私でも。好きだと言ってくれるひとも、確かにいるんですよ。


だから私は生きます。
来年も生きていきます。
どれだけ否定されようと、どれだけ間違っていると言われても。
それでも私と私の作品を好きだと言ってくれるひとが、
たったひとりでもいてくれる限り。


基本的に私は人間が好きなので。
自分は人間の皮をかぶった化け物だと今でも思いますが。
人間のフリも悪くない。



そんなことを統括して思った今年でした。


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