Lunaria

ゲーム制作日記とキャラチップ素材公開。DLの際、報告代わりに拍手ボタンを押してくださると大変嬉しいです☆

命を削ってでも創作を紡ぐ。

お久しぶりです。色々あってゲーム方面の制作は全く進んでいませんが、
代わりに小説企画のほうが進んでいます。

小説企画については、こちらの小説置き場ブログで呟いておりますので、
興味をもってくださった方はぜひ。

さて、今回は進捗等ではなく、制作においての影響元の話。
以前生放送でも語ったことがある内容です。
この機会に書き留めておこうと思いました。






『コンプレックスエイジ』
『累(かさね)』
『ブラッディクロス』
『ワールドトリガー』
(同作者のリリエンタールも読みましたが感覚的に合わなかったので割愛)

この数年、私が読んでいる漫画です。
よしながふみ作の男女逆転『大奥』も読んでいますが、
コミックス発刊ペースがかなり遅いのとあまり制作に影響がないので割愛。
あと『+αの立ち位置』も読みましたが、
制作的に神娘という呼称を拝借したに過ぎないのでこれも割愛。


実家から離れて環境が変わって、
以前より漫画をよく読むようになった気がします。


『ブラッディクロス』はガンガン作品で完結、
『コンプレックスエイジ』は……どこだっけ? とにかく完結。
『ワールドトリガー』はアニメ化もされてる週刊ジャンプ連載中作品、
『累』は隔週刊イブニング連載中の作品ですね。

さて、語りたいのは『コンプレックスエイジ』と『累』です。
『ブラッディクロス』と『ワールドトリガー』は
「どうなるんだろう」というワクワク感があって、
とにかく夢中になって読みました&読んでます。
特にブラクロの先の読めなさは秀逸だった。ラストはああくるか、と。

ただこの2作品は作品としては大変面白いのですが、
個人的に琴線をかき鳴らされるものではないので、ここでは語りません。


『コンプレックスエイジ』と『累』には共通点があります。
それは、『自分のやりたいこと、生きたい生き方についてどう向き合うか』。

『コンプレックスエイジ』は26歳のコスプレイヤーが主人公。
歳を重ねるたび、限界を感じていく……という内容。
結果的に主人公は、コスプレ衣装を作る会社を立ち上げる道を選びます。

私の趣味はおかげさまで創作なので、年齢は気にする必要なし。
やり方によってはお金もかからない。
恵まれていると思いました。
生きている限り、どこまでも創作を続けられるのですから。

ただ、自分の好きなものとどう向き合うか。
それについては考えさせられました。
自分の『好き』がどの程度か。改めて考えました。

結果、私は呼吸をするように創作をしていて、これがなければ死んでしまう、
という結論に改めて至りましたが。


そして『累』。
美醜の観点に目が行きがちですが、
これは『自分のしたい生き方をどんな手段を使ってでもやってみせる』
物語でもあると思うのです。

そこまでの執念が私にあるか。
他人を踏みつけてでも自分のやりたいことをやりきるだけの覚悟があるか。

以前は普通に美醜について考えながら読んでいたのですが、
今はそうした観点から読んでいます。


そして出した答えは、
『たとえ何を犠牲にしてでも、他人を踏みつけてでも自分の創作を完成させたい』
というものです。

累のように他人の人生を奪うまでのことはしなくとも、
意図せず傷つけ切り捨てることはある。
実際、私はこの数年で随分交流関係を切られたり切ったりしました。
それらはすべて、私が創作に打ち込むためのものであったと思っています。

そして実際、人間関係以外で犠牲にしているものがあります。
自分の身体のことで、取り返しがつかなくなるかもしれないことを。
病気ではないのですが……私は今手がけている創作を完成させない限り、
決して自分の身体と自分の将来を省みることはないでしょう。

自分を正直化け物だと思っている点も、累と重なる部分です。
私は精神的な病気も抱え、明らかに常人とは違う部分も持っています。
それもあり、自分はひとではない、化け物だと思うようになりました。

ひとになりたい化け物、ということで、
人魚姫のようだと自分を思ったこともあります。
ただし醜い人魚姫ですが。
だけど化け物で良い、私はそう育ったのだと悟りを得ました。

もしも累のように、自分が生きたいように生きるために
他人を踏みつけ奪う手段があったとしたら……
私はおそらくためらい無くやってしまうだろうなと。
その場合、私が奪うものはなんでしょう。
ひたすら創作に打ち込める気力と作業の早さかな。

ただ、私が病気持ちで、時に立ち止まって惑うからこそ書きあがるものもあるので、
どちらがいいとはいえませんが。


そしてそうして他人を踏みつけて得たものは必ず壊れる。
必ず報いがくる。
けれどその報いが来たとき、どのような終わりを迎えるのだろう、
と累のコミックスが出るたびにわくわくしてページをめくっています。
個人的には劇的な、これ以上ない美しい破滅を迎えてもらいたい。

私も累ほどではないにしろ、何かを犠牲にして自分の生きたいように生きている。
その報いが来るのだろうか。と思いながら、今日もキーボードを打っています。


この創作が完成するなら、私はどうなっても構わない。
私は、長年求めてきた創作のひとつのゴール地点を見つけた。
そこからまだ続くものはあるだろうけれど、
私はそこにたどり着けるなら、その先に行けなくても構わない。

自分の身体のことで犠牲にしていることがある……といった通り、
私は命がけで創作に携わっています。
創作の完成が遅れれば遅れるほど、私の命は削れていくのです。

奇跡的に生き残れたなら、私はまた創作をしているのでしょう。
きっと死ぬまで。それが私であり、私の人生だから。


何年かかってでも、ゲームも小説企画も、必ず完成させます。
たとえそのせいで、死ぬことになろうとも。
私は幸せに死んでゆけることでしょう。
命を、魂を燃やして、今後も制作を続けていきます。


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